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海戦にみる”中2階人事”

”中2階人事”とは私のつけた名前です。これは何かコトをなすときに、1人のトップと複数のスタッフが行動するときにトップとスタッフの間にもう1人「副司令官」をおくことです。しかもこれは「副官」(トップの秘書)ではありません。トップの権限をある程度分割して所有する権限の大きいものです。

トップは寝首を掻かれるのではないかと、ヒヤヒヤするのではと思いますが、この方法、勝つときも負けるときもうまくいく場合があるのです。

歴史的には日清戦争の黄海海戦、こちらは大勝利でしたが、太平洋戦争のミッドウェー海戦、これは日本の大敗北でしたが、”中2階人事”が敗北の中に一矢報いました。

どのように効果があったかといいますと、

日清戦争前、日本は艦隊を率いる慎重な性格のトップの下で、各艦長が命令を聞く編成でした。しかし直前になって、艦隊の中で高速艦を選んで、別働隊とし、これをトップと正反対の性格の司令官に遊撃隊として率いさせました。トップが中将、艦長連が大佐でしたが、この司令官は少将です。

黄海海戦では主隊と敵がガップリ組み合っているときに、この遊撃隊は高速で動き回って敵艦隊に打撃を与えたのです。この司令官は猪突猛進型ではありませんでしたが、正論を躊躇なく行うタイプでした。艦長クラスではこういう自主的な行動はなし難かったでしょう。

この遊撃隊の活躍で、日本艦隊は強大な清国艦隊に勝利を収めました。

もう1つのミッドウェー海戦。太平洋戦争の転機となった海戦で、日本空母4隻が全滅しましたが、4隻一度に沈んだわけではなかったのです。3隻が使い物にならなくなったあと、残った1隻の日本空母はアメリカ艦隊に果敢に攻撃を掛け、アメリカ空母3隻のうち1隻を沈めています。

その残った1隻に乗っていたのが、次席指揮官たる司令官です。彼も少将です。当時の日本艦隊のトップは航空戦には素人でしたが、この司令官は航空戦のプロでした。3隻やられたのをみて、もう我慢はしないぞ!と自主的に才能を発揮して、一矢報いたのです。

この年の暮れにはアメリカ軍は空母が1隻もないという危機に陥りました。一矢報いたのは無駄ではなかったのです。

両方に共通するのは、
1、決して上を侵さない軍隊組織であること。
2、トップに度量があること。
ですね。トップに過失があったとき、すぐにフォローして穴を埋めてくれる片腕、こういう人材に恵まれたトップは幸せだと思います。