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法を守る会社の勝利(下)

大切なお客様に怪我を負わせてしまった社員をクビにするかしないか?フレンチフリゲート社の運命ここに極まれり、というのが前回でした。結局就業規則の条文に基づき、社員は3ヶ月の停職になりました。

さあ融資が止まるぞ!社員を減らし、役員は無給で働くことも覚悟しました。そこへ、件の銀行から連絡がありました。「貴社の就業規則に基づくものならば処分に満足する他はない」…融資は止まらず、慰謝料さえ請求されませんでした。

原因はフ社の法を守る態度にありました。就業規則を作り、その法を守った会社に銀行が因縁をつけるのなら、この銀行が却って信用を失う、それが法というものだ、ということです。

フ社はこの後、法律によって公正に人事が扱われる、ということで、信用を増しました。その結果、優秀な人材が集まり、ますます発展する礎を築きました…

この話は私が聞いたり体験したものではありません。実際あった話をもとに、それを労務チックに作り変えたものです。その話とは…

1891年(明治24年)の「大津事件」の顛末です。ロシアの皇太子が来日し、警備の警官に斬りつけられて負傷したという事件です。司法の独立を守った、という逸話として紹介されることも多い歴史上のお話です。

日本にとって当時のロシアは大国です。この斬りつけた警官を死刑にするか否か、大いに論議されましたが、結局判決は無期懲役でした。その後日露戦争が起こるものの、憲法を作ってたった2年目のこの事件によって日本は法治国家としての対外信用を増したのでした。

その結果明治国家は、江戸末期以来の列強との不平等条約を改正し、近代国家への仲間入りをしました。法を守るということは、組織が立っていく上で、信用を築くことであることがよく分かりますね。

上記のたとえ話のオールスターキャストをご紹介してこの稿を終わりたいと思います。

フレンチフリゲート社…日本
取引銀行…ロシア
取引銀行の息子…ロシア皇太子(ロシア革命時の皇帝ニコライ2世)
お茶をぶっ掛けた社員…津田三蔵(サーベルで斬りつけた警官)
名誉会長…明治天皇
会長…伊藤博文
社長…松方正義(総理大臣)
経理部長…後藤象二郎(逓信大臣)
総務部長…児島惟謙(大審院長→最高裁長官)

就業規則…当時の刑法
解雇…死刑
3ヶ月の停職…無期懲役
因果を含めて自主退社…刺客を派遣して暗殺
融資が止まる…戦争